お侍様 小劇場

   “また君に恋してる…” (お侍 番外編 86)
 


風の音が時折 想いもよらぬほど大きく響いては、
生け垣かどこか、梢を鳴らしてざわざわと立ち騒ぐ。

 「…っ。」

何が転がるのか、テレビの音へまでかぶさる物音がして、
よほどの嵐でもやって来たかと思わすようで落ち着けない。
そんなところからでは何かが見える訳でもないながら、
ついつい室内の四方を見回してしまう七郎次であり。
鉢植えは早くに庭先から避難させておいたが、
若い桜と山茶花の木は、何の養生もしていないから、
この風で揉まれて枝が傷みはしなかろか。
それより何より、

  ―― いまだ帰らぬ誰か様、その道中で難儀をしてはないだろか。

こちらのそんな気鬱に気づいていたか、
結構な時間まで起きていて、一緒に待っててくれた久蔵殿も、
もともと夜更かしは苦手な性分なので。
つい先程、ソファーにてお舟を漕ぎ始めたのを限(キリ)に、
二階の自室へ上がらせて休ませたばかり。

 「…。」

車での帰宅になるとは聞いているが、
それでも…たかが風と侮ってはいけない。
重たい車体は確かに ちょっとやそっとじゃあ飛ぶまいが、
庇にと張られてあった幌布がはがれて飛んで来て、
車のフロントにへばりつき、その視野を塞いだり、
据え置き型の電灯看板が、
低くて見えない足回りへ転がって来たりしたなら、
そのままハンドルを取られての、大惨事にだってなりかねない。

 “…まだまだ修行が足らないなぁ。”

かつての昔、駿河の宗家にいた頃は、
大風が起きようが台風が来ようが、大奥様がそれは泰然と構えてらして。
大旦那様や勘兵衛様を、案じてないわけじゃあなかろうに、
それでも動じたところは見せぬまま、
家人らへ庭や窓などへの養生や手当ての手配を細かに言いつけ、
近隣に住まう、一族に縁のある方々への様子伺いの連絡を密に取り。

 『大丈夫よ、怖くない。』

まだまだ小さかった七郎次が風の音に怯えると、
縮こめていた身を懐ろへ抱き上げて、
眠れるまでそのままで居てくださって。
今にして思えば、
ご自身だって全く怖くなかった訳じゃあなかっただろに。
自分がしっかりしなくてどうするかとの奮起とそれから、
宗家を預かる夫人としての器量が生かされてのこと、
毅然とした態度をああも保てておいでだったのだろう。

 「…っ。」

そんなこんなをつらつらと想い、
そうすることで気が紛れていたものか。
車の静かな音、ガレージへとすべり込む気配が聞こえ、
それでもってハッと我に返った七郎次だったりし。

 “あ…。///////”

お帰りになったと思うが早いか、
腰掛けていたソファーから立ち上がり、
大急ぎでパタパタと玄関へ向かう自分の態が。
何だか…いやいやながらお留守番をさせられていた、
小さな子供のようだななんて、
そうと思うと面映ゆくもなったが、

 「…お帰りなさいませ。」

表のだけを灯していた玄関灯、
ドアが開くと同時に沓脱ぎの方のも灯しつつ、
上がり框に膝をつき、背条は延ばしてのお出迎え。
大風の吹く中、帰って来た御仁はと言えば、

 「…、ただいま。」

一瞬、何か言いたげに表情を止めはしたものの、
言っても詮無いと思われたのだろ。
男臭いお顔に浅く浮かんだ、
かすかな苦笑へと溶かし込んでしまわれて。

 とんでもない風になりましたね

 ああ。高架になった道では、
 通行制限もかかっておるらしいぞ

春の嵐と呼ぶにはあまりに唐突。
だがだが、この春は、
その前の冬が気まぐれだったことを継承してか。
初夏を思わす日和になったかと思えば、
はたまたぐんと冷え込んで、
小雪や雹を降らしたり…と、
せわしいところが妙にお揃いだったから。
冬物もまだまだ仕舞うには早いとばかり、
用意のあったそのお陰。
着替えにと向かった寝室までの途上にて、
まずはと女房が預かったのが、
ツィードというほどではないが それでも厚手のコートにマフラー。
その下のスーツが、
微妙ながら“春隣り”を思わす仕立てのそれだったので
という配慮であり。

 「ここいらでも桜も咲こうという陽気だったにの。」
 「さようでございますね。」

暖かな東風やら春一番の南風ではなく、
北から吹き降りて来る冷たい風だそうなので。
これでは一気に冬へと逆戻りも良いところ、
せっかくの春の使者の便りも霞んでしまおうというもの。
定時のニュースでも、
各地の被害や飛行機の欠航の話が先だったほど。
とはいえ、

 “…現金なものだ。”

他愛のないそんなこんなを静かな声で交わしつつ、
何だか落ち着けず、居たたまれないほど不安でいたものが、
今は嘘のように晴れていることへと気がついた。
このくらいの悪天候、何するものぞというお人だと、
誰よりもようよう判っていように。
それでも、
お姿を目の当たりにするまではと落ち着けなかったはずが。
それが叶った今はと言えば、
まだまだ風の音は聞こえるにもかかわらず、
総身をくるむ優しい暖かさに、
すっかりと安堵している調子の良さよ。
胸の奥が大きく開いてゆったりと呼吸が出来る。
自分のすぐ前を進まれる御主様の、
大きな背中や肩の線、
豊かに波打つ濃色の髪の陰から覗く頬の線とか。
どれも一部でしかないのに、背中を向けておいでだというのに、
間近におわすというだけで、七郎次の心持ちをこうもすっかりと落ち着かせ、
それどころか、浮き立たせてしまうから不思議でしょうがない。

 「…?」
 「あ、いえ…。///////」

いかんいかん、
勘兵衛様が怪訝に思われるほども 何を浮かれているのやら。
その肩から上着を浮かせ、袖から腕を抜かせての預かって。
壁へと作り付けのクロゼットを開くと、
ハンガーへと丁寧に掛け、
そのついでに室内着の一式を取り出すと、
ベッドの足元側へそおと置く。
手渡されるスラックスをやはりハンガーへと掛け、
今宵は多少ほど湿気を含んでもいようからと、
すぐには仕舞い込まず、
枠だけの衝立のような衣紋掛けへと吊るしておれば。
手際よく着替えながら、勘兵衛が声を掛けてきて。

 「久蔵は?」
 「もうお休みです。」

ですが、ほんのさっきまで、
私に付き合って起きていて下さって…と。
霞むような笑みでもって、
青玻璃の双眸をたわめるお顔が何とも優しい。

 「そうそう、それで。
  久蔵殿が春休みのうちに、
  どこかへ花見に行こうかって話が持ち上がりましてね。」

そこへのこの嵐でしょう?と、
眉でもひそめたか語調が沈んだのも刹那だけ。
何の杞憂もなく、何の不安もなく。
帰って来たあなたと語らう、
この時間が持てて嬉しいとの含羞みだけを、
すべらかな頬や口許へと滲ませて。
それは甘やかに微笑う女房殿の、
いつもと変わらぬ笑顔が、
いつもと変わらぬと判るのに、それでも、
何とはなく得難いもののように思えてしまい…。

 「 、勘兵衛様…?」

着替えの済んだ頃合いかと、
七郎次がそちらを向くのを待ち受けていたものか。
するり延ばされて来た腕が、
しなやかな背へまでと至ってこちらを掻い込んでおり。
え?という形に開いた口許や、
柔らかなフロアライトに照らされた金絲のつややかさ、
その陰から覗く耳朶の白さを、
惚れ惚れとしたお顔で眺めておいで。

 「あの…?」

額から目許へかかる髪の陰で、
ほんの少しほど伏し目がちとなった目許が。
シャツの襟元から放たれる白をほんのほのかに滲ませた、
頬やおとがいの案外と繊細な線が。
そして、口許へと浮かんだ何とも言えぬやさしい笑みが。
日頃は鷹揚で精悍な、頼もしいばかりなはずの勘兵衛の風貌から、
今は…安堵を招く暖かさや穏やかさだけを感じさせる。
何にか酔い、その甘さと充足に満足し切ったという、
安泰安寧な笑みであり。
その安らかさへと それこそ呑まれてのこと、
陶然としたまま深色の双眸を見つめ返しておれば、

 「…………ぁ。」

さして離れてもなかったお顔が するりと近づき、
重なった視線がすうと細められると、
七郎次の側でも同じようにその眸を伏せる。
更にと近づいた男の匂いがいよいよと自分を包み込む。
雄々しい腕がこの身をくるみ、
懐ろ深くへ抱き込められたと同時、
やさしい温みが唇に触れた。
強引というのではなかったが、それでもあっと我に返ったのは、
クロゼットの前なぞという、狭苦しい一角での性急な求めであったから。
このような意外なところでいきなり抱きすくめられた覚えは余りなく、
だからこそ、妙に“いけないこと”だという感覚が沸く。
一応は寝室のうちだとはいえ、
日頃は明るいうち、主には朝方に、
出掛ける支度のためにと立っている場所であり。
悪戯半分ならば尚更、それ以上はなりませぬとの抗いが出て、
腕を突っ張ろうとしかかるものの、

 「う…………。///////」

既に胸元を合わせるまでの抱かれようをしていては、
もがいたとて敵わぬただの悪あがき。
先程 冴えかかったのも束の間のこと、
口腔に忍び入り、こちらの舌を捕らまえた直接の肉惑は、
その生々しさが意識までもをやすやすと搦め捕っていて。

 “……勘兵衛様。”

それでなくとも好ましく想う御主の求め、
それが激しいならそれだけ想いを傾けて下さってのことと。
嬉しいと感じ入るのが真実本当の想いなればこそ、
背条の真ん中をうなじまで、甘く這いのぼる熱には抗えぬ。

 「………ぁ。////////」

彼もまた、陶酔に呑まれたか、
足元がふらついて、すとんと真下へ。
剥がれようというのではない、
そんな意外な方へと落ちかかった七郎次。
背後には壁が、いやさクロゼットがあると、
意識の隅っこにあったから。
そこへ凭れればいい、この身をようよう支えられようと、
警戒なく思ったらしかったが、

  ………え?

どこまでも何もない、何へもぶつからない不安が背中を覆う。
そういえば、今さっきまで自分は何をしていたものか。
クロゼットの扉を開き、
勘兵衛様の着替えをお手伝いしてはなかったか?
その途中でのこの流れであり、

  ということは……?

 「あ…っ☆」
 「お…っと。」

後ろざまにそのまんま、クロゼットの中へと倒れ込みかかった女房殿で。
ハンガーに掛けた服こそ吊ってはあっても、
その足元にはさして物を置いてはなかったのと。
それ以前に、ハッとした勘兵衛が一歩踏み出しての追いかけて、
すんでのところで抱きとめ、倒れ込むのを防いだので。
どこかに背や肩なぞをぶつけるという、悲惨なことにはならなんだ。
濃い色合いのスーツやコートやに半ば埋もれかかった格好の七郎次は、
本当に驚いたらしくて目許も口許も真ん丸に開いており、
視線を見交わした勘兵衛の無言から、
無事なのだとの納得に至り、
それでやっと吐息をつけたのだろう、その胸元がゆっくりと上下する。
それから…先程までの甘い抱擁とは、雰囲気も勢いもずんと遠い、
自分たちの捕まえようと掴まりようとに気がついて。

 「  〜〜〜。//////」
 「お主が笑うか。」
 「だって…この格好はないでしょうvv」

転げてしまったのは確かに私の落ち度でありますがと、
言いながら、やはり…くすくすという笑いが止まらぬらしい彼であり。


 「危うくどこか他所の世界へ行ってしまうところでした。」
 「? なんだそれは?」
 「タンスの中から、
  異世界へ行ってしまうというファンタジーが結構あるのですよ。」

勘兵衛はあいにくと知らないものか、ふ〜んと曖昧な声を出し、
よいせと腕引き、七郎次を引き起こす。
そうしてから、

 「その話と今の顛末、久蔵にはするでないぞ?」
 「え? あ・ああ、はいっ。//////」

恥ずかしいから話したりはしませんよと、焦ったように応じたものの、

 「でないと、あやつのことだ、
  この扉に釘打って、お主を攫われぬようにと封じてしまいかねぬぞ?」
 「……っ☆」

いかにも鹿爪らしいお顔になって、
なのに…そんなふざけたお言いようをなさるものだから。
眸を点にしてから、
もうもう何てことをお言いかと、
今度こそ楽しげな微笑いようをする女房殿だったりし…。



  無邪気に微笑う君の、無防備な貌に胸が滲みる。
  それでなくとも辛い目をばかり見て来た子供。
  だのに、尚もたくさんの傷を負いながら、
  何があっても そちらを振り向いてはいけないとしながら、
  それでも此処までついて来てくれた。
  もしかせずとも 強靭な信条もて支えてくれた人でもあって。
  ただ一緒にいることへ、
  そうまでもの穏やかな顔で微笑ってくれる、
  そんな君だからこそ、
  いつだって恋をしてやまないというのだと、
  ねえ、判っているのだろうか…。






   〜Fine〜  10.04.02.


  *タイトルは超有名なあの曲から。
   (今だと“いい○こ”のCMでお馴染みかと)
   サビのところもですが、
   出だしのところの歌詞もまた、
   凄んごく良いんですよね、あれvv
   勘七ソングじゃんかと、
   思わず食いついてしまいました、はい。

  *勘兵衛様、遅いお帰りの巻ってのも、
   結構書いてるシチュですね。
   きっとシチさんは泊まりと判ってる時以外は、
   いつまでも起きてて待ってるんだろうな。
   そのくせ、自分が何かしらで遅くなったら、
   どうして先に休んでいて下さらなんだと、
   ぷりぷり怒るんですよ、かわいいお人です。
   今回はちょこっと濃厚ないちゃいちゃを意識しましたが、
   何なさいますお戯れを…ものも、
   結構書いてる気がしたり。(根がすけべえなもんでvv)

  *ちなみに。
   クロゼットに異世界への扉…で、
   こちらの七郎次さんが思い出したのは『ナルニア国物語』ですが、
   これが島田せんせいのお宅だったなら、
   ピクサーの『モンスターズ・インク』の方に違いない。
(笑)

   「こないだヘイさんが、DVDを持って来て下さったんですよ。」

   それを仔猫様と二人で はらはらしもって観てたらしく。
   ドアだけが幾つも吊るされていて、
   モノレールみたいな線路を行き来してるんですが、
   それを使ったカーチェイスのシーンが圧巻で、とか。
   ね〜?、みゅ〜vvなんて、
   示し合わせをするほど お気に入りだったりして。
   そしてそして、
   仲間外れは面白くないからか、
   こっそり一人で観たらしい勘兵衛せんせいが、

   「…どうなさいました、目が赤いですよ?」
   「いやなに、大したことでは…。」

   いやいや、さすがにそんなことはないか。
(大笑)


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